ヒップホップ
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ヒップホップ(hip hop)は1960年代後半から1970年代のアメリカ合衆国ニューヨークで、アフロ・アメリカンやヒスパニック系のコミュニティによって行われていたブロックパーティーから生まれた文化。
単に「ヒップホップ」と言った場合、文化から派生したサンプリングや打ち込みを中心としたバックトラックの上で、MCが韻を踏んでいく(ライムする)音楽形態を特に指すことが一般化しているが、これらはヒップホップ・ミュージックあるいはラップ・ミュージックと呼ぶのが正しい。
ヒップホップの要素
主に四大要素と呼ばれるラップ(MC)、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ、によって構成される。
これらはアメリカのギャング文化とも関係があるといわれ、抗争を無血に終わらせるために、銃や暴力の代わりとしてブレイクダンスやラップの優劣が争われたり、ギャングたちのなわばりの主張に、グラフィティが用いられていたと言われている。ラップ、DJ、ブレイクダンスは、ギャング文化時代の名残として、フリースタイルバトルと呼ばれる対決方式が用いられることがある。
現在は、ギャング文化のあるアメリカだけにとどまらず、ダンスのジャンルとしてブレイクダンスを踊ったり、グラフィティをアートとしてとらえる人も増えてきており、世界各国に広まっている。
ヒップホップミュージック
その創始には諸説が有るが、一般的に1970年代初期に生まれ、クール・ハーク(ブレイクビーツの発明者)、グランドマスター・フラッシュ(スクラッチ技術の流布者)、アフリカ・バンバータの3大DJたちの活躍によって、それまでのコミュニティー・パーティーを超えた、音楽として広がり始めたと言われている。1974年11月12日、アフリカ・バンバータがこれらの文化を「ヒップホップ」と名付け、この日がヒップホップの誕生日ともされる。ここから11月は「Hip Hop History Month」として祝われている。
曲調や服ファッションなどのスタイルを、オールド・スクール(oldschool, 70年代〜80年代初期)、ニュー・スクール(newschool, 80年代後期〜現代)と、時代で区別する。
オールドスクールは、歌詞よりリズムを主体とする傾向にある。 ファッションはRUN DMCに象徴される、(イエロー)ゴールドアクセサリーにアディダス製のジャージとスニーカーなどである。
ニュー・スクールは現代までとされているが、実際のところ、ヒップホップが全世界的に認知される直前の、90年代までを指す場合が多い。 ファッションは、シルバー(銀製品に限らず、ホワイトゴールドやプラチナなど、シルバーカラーの)アクセサリー、特に近年は成功者の象徴としてダイアモンドをあしらった装飾具が好まれる傾向にある。サイズの大きな衣服や、バギーパンツ(腰履きのサイズがだぶついたズボン)を選び、着こなすアーティストが多い。バギーパンツはサイズが少ない刑務所の囚人服から生まれたとも言われるが、実際は貧困のために頻繁に服を買ってやれない親が、成長してからも着られる大きいサイズの服を買い与えたところからと言われる。
別のカテゴライズとして、アーティストの出身地から、ヒップホップ発祥の地「イースト・コースト・サウンド」(N.Y.などのアメリカ東海岸)、「ウエスト・コースト・サウンド」(L.A.などの、アメリカ西海岸。ウエスト・サイド)などに分ける。
初期の「イースト・コースト・サウンド」はジャズトラックを使用した楽曲が多く、対して初期の「ウェスト・サイド・サウンド」はシンセサイザーなどの電子音を使用したり、「ギャングスタ・ラップ」と呼ばれる、ギャング出身者や、ギャングの風貌で、そのライフスタイルを歌詞にするものが多かった。近年は「サウス」(南部)や「ミッドウエスト」(中西部)と呼ばれる、ローカルサウンドも登場している。サウストラックはバウンスビートが特徴。
ヒップホップのポピュラー化により、イースト・コーストで「ギャングスタ・ラップ」をするものが現れたり、地域による分類が、アーティストの出身地訛り以外では、それほど意味をなさなくなっている。地域性よりも、ファレル・ウイリアムス、カニエ・ウェストといった音楽プロデューサーたちの音楽性が、楽曲の特徴になっているのが現状であり、他ジャンルアーティスト同士とのフィーチャリングやサンプリングにより、R&Bやレゲエとの境界も、徐々に薄れていっている。
ヒップホップ東西抗争
1990年代頃から東海岸を代表するディディ(パフ・ダディ)、ノトーリアス・B.I.G.擁するバッド・ボーイ・エンターテインメント(Bad Boy Entertainment)と、西海岸を代表するSnoop dogg、2パック(出身はイースト・コーストではあるが、最盛期の活動場所はウエスト)らが所属するデス・ロウ・レーベルとの対立が象徴的であるように、両海岸のアーティストたちはお互いを牽制、威嚇、卑下し合った。それらの内容はラップの歌詞にも現れ、ギャングを巻き込んだ暴行、襲撃、発砲事件などに発展した。ヒップホップ史上最悪であるこの東西抗争は、2パック、ノートリアス・B.I.G.という両海岸を代表する有能なMCを、ともに銃撃事件で失うことになる。
現在はドクター・ドレーなどの努力の甲斐もあり、個人間のビーフ(中傷合戦)を除いてはかなり沈静化している。
日本だけで使われる用語
オールド・スクールと、ニュー・スクールとを繋ぐ年代を、ミドル・スクールと区別するのは日本だけといわれる。
B-Boy、B-Girlという言葉を「ヒップホップファッションをしている人」を指したり、“B”を“black”という意味に解釈したB系などと使用するのは日本だけである。B-Boyという言葉はクール・ハークによって名付けられたと言われ、ブロックパーティなどで自身が作り上げたブレイクビーツを流すと踊りだすダンサーの事をB-Boy、その踊りのことをB-Boyingと呼んだことに由来する。
アメリカでB-Boyといえば一般的にはブレイクダンサーの事を指し、“B”の意味はbreakin'、break'n(ブレイクダンスのこと)やヒップホップ発祥の地ブロンクス(Bronx)のことであるというのが正しいと言われる。また、B-Boy、B-Girlを「アフロ・アメリカンの文化、即ちヒップホップが好きな人」という解釈が浸透しているのが日本の特徴であるが、アメリカでもこのような使い方をする事が稀にある(RUN-DMCがブレイクダンサーのような動きやファッションを取り入れ、“B-Boy Stance”と呼んだことがメディアを通して誤用されたともされる)。
ヒップホッパー(Hip Hopper)という言葉も同じように使われることもあるが、KRS・ワンなどによると、本来は、「ヒップホップの四大要素全てが凄腕で、筋金入りのヒップホップ育ちのような人」を指すのが正しいとされ、ラップミュージシャンの意味ではなく、軽々しく使ってはいけない言葉であるようだ。

